暁に捧げるコラール


 太陽がきらめく朝も、青空がまぶしい昼も、星々がまたたく夜も。
 ずっと、さめない熱に浮かされている。


 かのん、と。
 繋がったまま、ひどく舌足らずな声がオレの名を呼んだ。ミロは思うように身体を動かせないらしく、ベッドの上に投げ出された手足は力なくシーツの上をさまよっている。
 喉をこくりと鳴らして、ミロのくちびるのかたちが、みず、と動く。手探りでサイドボードにあった水差しをつかみ、そのまま一気にあおって口うつしで流し込んでやると、うまく嚥下できなかったぶんが口の端からこぼれおちた。それほど脱力しているのかと心配になったが、濡れたあごを親指でぐいとぬぐってやると、ミロのくちびるは満足そうに弧を描いた。くそ、反則だろうその顔は。
 ミロのなかでふたたび熱をもちはじめたオレは、申し訳ていどに腰をゆさぶってやる。声にならない悲鳴をあげて、ミロの背が弓なりにのけぞった。ぶるぶると首をふって支えになる場所を探している。だからいつもオレの背に手をまわせといっているのに。
 腰を引かせようと必死になるミロがいじらしい。だがもちろん離してやる気はなかった。ベッドの上に仰向けになっているミロに覆いかぶさりその背を掻き抱く。シーツを握りしめる手をオレの背へ導いてやると、案外素直にすがってきた。
 朝方まで、何度こうして求めあったのかもうわからない。お互い体力だけはバカみたいにあるからいちいち回数なんか数えちゃいない。ミロの場合はそんな余裕なんかないのが本音だろうが、そんなのは知ったこっちゃない。
 目の前にあるミロのうすい耳たぶが真っ赤だ。髪をよけて首筋をあらわにしてやると、思ったとおりここも真っ赤に染まっている。たまらなくなって耳たぶごとべろりと舐めあげてから、日焼けしていないそこにそっとくちづけた。
 昨夜からもう何度も何度もこうしているせいで鬱血がひどいことになっているが、どうせ髪に隠れて見えないところだしかまわないだろう。音をたてて吸い上げ軽く歯をたてるたび、ミロの身体はびくびくとわなないた。
 追い上げるスピードを一気に加速してやると、ミロはひときわ高い声をあげてのけぞった。後ろだけでも十分いけるようになっているはずだが、さすがにひどいかもしれないと思い直し前の方もいじってやることにする。最近同時にしてやってなかったしたまにはサービスだ。
 青い瞳をめいっぱい見開いてミロの身体が硬直した。そんなに驚かれると傷つく。何も痛い思いをさせようとしているわけじゃないのに。腹が立ったので先端を爪でひっかいてやったら思い切りのいい膝蹴りが飛んできた。この体勢で蹴りなんか入れられるのは身体のやわらかいミロくらいなものだろう。それにしても元気じゃないか、存外に。
 行儀の悪い膝を差し押さえて、かたちのいいあごをとらえる。眼が反抗的になっているから仕置きが必要か。人がせっかくやさしくしてやろうと思ったのに。
「足癖が悪いな」
 ふくらはぎをつかんで膝頭をなめあげる。ほどよく筋肉がついたしなやかなミロの脚はとても気に入っている。蹴りを入れられそうになっても、あえて避けずに見入ってしまうくらいには。
「……っ、いきなり、つめ、たてるからッ……!」
「ほう」
 また熱が上がった。ずくんとミロの中で大きくなるオレ自身に、ミロが驚いて腰を浮かせたのがわかった。
「このっ……、変態!」
 意外にも元気を取り戻しつつあるミロは、頭の後ろにあった羽根枕をオレの顔面にぶつけてきた。ぼふんとなかなかいい音がしたが、しょせん枕だ。痛くもかゆくもない。
「は、……早くっ……ぬけッ……あ!」
 口だけは達者だが、さんざん慣らされて受け入れたミロの後孔はオレをぎゅうぎゅうとしめつけて離そうとする気配がない。わかっているのかいないのか、いずれにせよやめてやるつもりはなかった。
 快感にふるえるミロ自身を、今度こそやんわりと握り込んでやる。ミロはやっぱり緊張で顔をこわばらせたが、抵抗はしなかった。ゆっくりと上下にしごいてやると動きに合わせてミロの腰がはねる。声をあげまいと必死でくちびるを噛みしめるミロがたまらなくいとおしかった。

 激しく腰をうちつけてやるのと同時に、先走りをしたたらせるミロのそれをわざといかせないようにきつめに握り込む。ミロは首をはげしく振ってオレの肩口に噛みついた。せめてもの抵抗かもしれないが、それさえもオレにとっては刺激的だ。これだからミロはたまらない。
「んっ……あ!あぁっ……!」
 青い宝石をとかしたようなブルー・アイズが、オレをうつしてきらきらと輝いている。上気した頬とせわしなく漏れる熱い吐息。今にもとろけてしまいそうなミロの顔。ひたいにくちづけると涙にぬれたまつげがつめたくて、その温度差に思わず笑ってしまった。
「い、やだ……っ、」
 かのん、と、また舌足らずな声がオレを誘惑する。本当に嫌ならそんな声を出すなといってやりたい。けれどミロにいやがられると興奮する。だからオレはわざとミロを煽る。ミロにとっては悪循環、オレにとっては相乗効果。
 ミロ自身の先端を親指でやさしくこすってやりながら、オレはミロの身体をはげしく穿つ。熱くてせまいミロのなかは、動きにあわせて収縮を繰りかえし、オレをもっともっとと奥へ導いた。ミロをこんな身体にしたのは間違いなくオレだという自負はあるが、反面、あまりにも具合がいいからまさかほかの男とやってたりしないだろうなと不安になる。万一そんなことがあったら相手の男を殺してミロをオレの寝室に閉じ込める。だってこれはオレのものだ。誰にも、どこにもやらない。
「あ、アッ……!ん、やっ……あっ、ああっ……!!」
 ミロの喉から漏れる嬌声がオレの脳天を刺激する。自分から腰を使いはじめていることに気づいているのだろうか、ミロは。教えてやっても良かったが、その前に限界が来たようだ。
「や、カノン……ッもう……」
 ゆるしてくれ、と。
 何度目だろう、この懇願をきくのも。どうすればいいかなんて自分が一番よくわかっているだろうに。それでも幾度となく繰りかえされるセリフにオレの胸は歓喜にふるえる。あの夜オレに贖罪の針を打ち込んだおまえが、今度はオレにゆるしを請う。
 ミロ。凶暴な蠍の毒をもつ、誰よりも残酷でサディスティックなおまえ。今はその欠片さえ見えない。オレのいいようにゆさぶられ、男のもっとも弱い部分をもてあそばれて、快楽の海におぼれるだけ。
「カノ、ン」
 部屋に響くのは濡れた音と熱を帯びてかすれたミロの声だけ。甘くしびれるような感覚がぞくぞくと背筋をかけぬけた。あつい。ミロと繋がったところから、焼けただれてしまいそう。
 ミロの身体がふるえるのと同時、てのひらにねばついた感触をうけとめて、それからオレもミロのなかに精を解放した。最後の一滴までしぼりとろうとするように、ミロの内壁がびくびくと反応する。ちくしょうやっぱり淫乱だこいつは。まあオレのせいか。いや、オレ以外のせいだったりしたら絶対にゆるさん。


「好きだ」
「ああ」
「愛してる」
「知ってる」
「……オレは本気だ」
「それも知ってる」


 まんまと受け流されているような気がするが、ここのところ、抱き合ったあとはこれがお約束になりつつある。オレがミロにしつこいくらい愛の言葉をささやいて、そしてミロがやれやれと笑う。ミロの口から同じ言葉が聞けた試しはいまのところないけれど、期待して言ってるわけじゃないからべつにかまわなかった。

「……バカだな、カノンは」
 心の声を聞かれたのかと思ってどきりとした。そんなわけはないのに。でも、何もかもわかったような顔をして偉ぶるミロの顔が、オレは嫌いじゃない。

 好き放題貫かれて、どんなにぐちゃぐちゃにされても、最後におまえはそうやって笑うから。
 オレはオレの大好きな金の髪に顔を埋めて、そしてそのまま髪に、ひたいに、まぶたに、こめかみに、頬に、くちびるに、とにかくあますところなくくちづけを落としていく。こんなキスなんかじゃたりない。どれだけ繋がっても、もっと、もっととおまえを求める貪欲なオレ。今さら隠すつもりもないからおまえにはお見通しだろうけれど。
 背にまわされたミロの手指が、ぬるりとすべる感触がした。痛みを伴っているから出血しているかもしれない。ミロが戸惑う気配がした。いつも気にするなといっているのに何度言えばわかる。

 ミロ。もっと、つよくきつく、オレを抱きしめて。背中なんていくら傷だらけになってもいい。なんなら繋がったまま、この胸にスカーレットニードルを食らわされてもかまわない。オレの心も身体も、命さえ、あの夜からすべておまえのもの。
 水を失った魚が生きてゆけないように、どうしようもないオレはもう、ミロがあたえてくれる毒のなかでしか呼吸ができない。痛みも苦しみもせつなさも、喜びもやすらぎも、おまえが教えてくれる世界しか欲しくない。
 ミロ。


 死ぬときは、誰よりも残酷でやさしいおまえの熱で息絶えたい。
 おまえだけが、唯一絶対の、オレの神。